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セミナー報告:総会記念イベント「太平洋を横断する在日朝鮮人運動」河庚希さん

2017/06/30

 2017年5月13日、アジア女性資料センター2017年度総会記念イベントとして「単一民族国家神話を乗り越えて――在日コリアン女性から考える新しいつながり方」を開催しました。在日コリアン女性の経験を共有することで、日本の排外的政策の根本と向き合い、ますます多様化する女性たちの連帯によって力強いフェミニズム運動をつくり出すための契機となったと思います。登壇者のお一人だった河庚希さんのお話をまとめました。その他の登壇者のお話も後日掲載する予定です。

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太平洋を横断する在日朝鮮人運動

お話:河庚希さん

 こんにちは、河庚希と申します。私は1981年に京都府で生まれました。両親が在日朝鮮人二世なので、私は三世ということになります。京都府福知山市で育ち、小学校は地元の公立学校、中学・高校は地元の私立学校に通いました。
 高校1年生のときに、アメリカ・オハイオ州に交換留学をしました。しかし、そこでは「アジア人」として大変な差別を受けることになります。どこにいても差別はあることを悟り、「逃げていてはいけない」と思いました。
 アメリカから日本に帰ってきて、日本の大学を卒業します。卒業後は、アメリカ・サンフランシスコ、韓国・ソウル、アメリカ・サンディエゴで学び、日本には2016年に帰ってきました。
 アメリカでは、たくさんの在日朝鮮人に会いました。日本で生まれ育ったけれど、さまざまな事情でアメリカに移住した人たちです。市民権をとってアメリカ人として生活している人もいますし、日本国籍者の在日朝鮮人として暮らしている人もいます。また、韓国のパスポートを持ち、日本の特別永住資格を保持しながらアメリカのグリーンカードを持っている、というような人もいました。在日朝鮮人のなかには日本籍、朝鮮籍、そして大韓民国の国籍を持っている人もいますが、それ以外にもたくさんいるということを知っていただきたいと思います。
 私はもともと、アメリカに住んでいる在日朝鮮人移民の研究をしていました。京都の朝鮮第一初級学校でヘイトスピーチの事件(注)がありましたが、私の母はその学校の出身です。親戚にも朝鮮第一初級学校出身の人が多く、事件の映像を見て衝撃を受けました。1度ではなく2度、3度と繰り返された事件です。警察がその場にいるのに何も対応していなかったことも大きなショックでした。私はそれまで、もう日本には関わりたくないと思っていたのですが、その事件を知り、大人として、在日朝鮮人として、こういう攻撃から子どもたちを守らなければいけないと強く感じたのです。そして、研究テーマを変え、朝鮮学校について研究することにしました。その博士論文の一部は、もうすぐ発表される予定です。

河さん4

アメリカで「慰安婦」問題の正義を求める運動を展開

 私は“Comfort Women Justice Coalition”(「慰安婦」正義連盟)という団体に関わっています。アメリカ・サンフランシスコで2015年から活動している団体です。サンフランシスコ市の公共の土地に「慰安婦」メモリアル像を建設することを目的に発足しました。
 2015年9月、サンフランシスコ市議会では、「慰安婦」メモリアル像の建設が全会一致で可決されています。デザインが公募され、場所はサンフランシスコの中華街のなかに見つかりました。現在、公募で選ばれた作品を製作しているところです。2017年9月からは、カリフォルニア州の高校1年生の歴史教科書に「慰安婦」の記述がされることも決定しています。
 「慰安婦」正義連盟の共同代表者はリリアン・シン(Lillian Sing)と、ジュリー・タン(Julie Tang)という中国系の女性2人です。2人とも判事をしていた人で、リリアンは北カリフォルニアで初めてアジア系の女性判事になった人でした。2人は「慰安婦」問題に取り組むために判事をやめて、現在はフルタイムでこの活動をしています。
 連盟には、アメリカに拠点のある30を超える団体が加盟 しています。活動には、在日コリアン団体や女性団体、労働者団体、反戦団体、そして日系人、白人、中国系などさまざまな個人や団体がかかわっています。
 また、私は仲間たちと一緒に、現在、アメリカで一番大きいアジア系アメリカ学会で「慰安婦」問題に関する決議案を通そうという運動もしています。
 日本大使館の職員やロビー活動をしている人たちが、アメリカで歴史教科書を書いた歴史研究者(ハワイ大学)のオフィスに押しかけ、研究者による「慰安婦」に関する記述が間違っていると主張し、訂正するよう要求したという事件がありました。
 この事件からわかるのは、「慰安婦」問題は、人権の問題であり、政治的な問題でもあると同時に、学問の自由にかかわる問題でもあるということです。「慰安婦」のことを書けば攻撃が来るからと、自粛や自主規制が広がってしまうかもしれないと思っています。この流れを止めるために学会において決議を採択するために運動をはじめました。この運動は、学問として史実に基づいた歴史認識と、日本政府と現韓国政府が行っていることに対して批判的に向き合うということを通して、堂々と決議案を通すというものです。この団体は2013年にパレスチナの研究者に対するシオニストからの攻撃に対しても抗議の声をあげました。この学会から2つ目の決議となる「慰安婦」問題に関する決議を採決しようと取り組んでいます。
 アメリカにおいて在日朝鮮人が関わる運動は以前からありました。2005年には「慰安婦」問題の正義を求めた大きなラリーが開催されています。日本の敗戦から60年目を迎えて、世界各地で「慰安婦」にされた被害者に対する正義を求めて、グローバル・アクションが行われたのです。私は、サンフランシスコの日本国総領事館の前でデモをしました。勇気をもって被害を名乗り出た宋神道(ソン・シンド)さんを尊敬し、彼女の勇気に感謝するという気持ちを込めて彼女の写真と名前が入ったバナーを持ちながら仲間たちと行進しました。このラリーにはフィリピンのネットワークの人たちもいましたし、日系アメリカ人の活動家も参加しています。ユリ・コウチヤマという女性は、日系アメリカ人二世で、アメリカと日本が戦争していたときに、日系アメリカ人収容所に収容されていた経験を持っています。収容所から解放された後、ニューヨークに移り住み公民権運動に参加して、マルコムXとも親交が厚かったという人です。もう1人日系人で、私たちの活動を支えてくれた、リチャード・アオキさんがいます。彼はオークランドにあるブラックパンサー党で黒人の権利運動にかかわってきた人で、唯一、アフリカ系ではない幹部になった人です。残念ながら2人ともすでに亡くなられてしまったのですが、私たちが在日朝鮮人運動やアジアの社会正義についてセミナーや映画上映会をやるときには、必ず2人が支えになってくれました。

「見えない存在」としての在日朝鮮人

 日本と同様に、アメリカでも在日朝鮮人は見えない存在となっています。
 米国の国勢調査を見ると、日系人は約130万人いて、コリアン系と自認している人は約170万人います。でも、このなかに「在日」というカテゴリーはありません。ですから、国勢調査で在日の人たちは「日系」か「コリアン系」のどちらで答えているのか、私たちには知るすべがないのです。
 2012年にアメリカ国籍を取得した人たちの元の国籍を見てみると、日本国籍は1663人で、韓国籍は1万3790人、DPRK国籍は19人です。この19人はアメリカがDPRK圏(いわゆる北朝鮮)からの難民の受け入れを開始した後、初めて帰化申請した人たちだと思います。この統計のなかにも在日朝鮮人は現れないのです。もしかしたら「韓国」というところに入っているかもしれませんし、もともと日本籍だった在日朝鮮人だったら「日本」というところに入っているのかもしれません。
 どういう数字にもあらわれない存在として生きていくなかで、やはり居場所はとても大切です。1998年、ロサンゼルスで在日の会が発足しました。この会については、いくつかの新聞にも取り上げられています。1998年4月6日付の朝日新聞では、在日二世として大阪からロサンゼルスに移民し、レストランを経営しながら在日の会を運営されているリム・パンジャさんという人が紹介されていました。
 私は、アメリカのなかでも在日の問題が見えなくされていることにすごくフラストレーションを抱えていたので、2008年にサンフランシスコを拠点とした“Eclipse Rising”(以下、ER)という団体を立ち上げました。「太平洋を横断する教育・アドボカシーと連帯を通して、在日コリアンコミュニティの発展と朝鮮半島の平和・統一、そして、日本、米国その他の国の抑圧された民の社会正義を実現すること」が私たちのミッションの1つです。私たちは、在日による在日のための団体ですが、社会正義というのはそれだけにはとどまりません。女性、障害を持っている人、低所得のなかで生きている人などの問題と常につながっていこうと考えて立ち上げました。河さん3
 団体の名前は「日の丸を覆い隠す」という意味です。「エクリプス」というのは、日食・月食という両方の意味を持っています。日の丸を覆い隠す象徴として私たちが頑張ろうという意味でつけました。メンバーには、ジェンダー、セクシュアル・アイデンティティ、国籍・人種的背景、言語能力、教育歴、年齢や拠点としている地域が異なるさまざまな人たちが集っています。私たちにとって多様性はパワーの源です。これまで、映画『ウリハッキョ』や『オレの心は負けていない』の上映会をしたり、日本で差別問題が起こったときには署名運動を展開したり、メッセージを送ったりもしました。
 私たちにとって、2011年3月に起きた東日本大震災に関連する活動は大きなものだったと思います。みなさんは、この震災後に高揚したナショナリズムを覚えているでしょうか。今思い出してもすごく怖いものがあります。まるで被害者は日本人だけだったかのような、そんな報道や雰囲気がありました。
 しかし、被災地には日本人と結婚したフィリピンの女性もいましたし、技能実習生として来ていた中国人の学生もいました。そして朝鮮学校に通う子どもたちやその家族もいました。さまざまな背景をもった人たちが被災しているのに、ここで再び私たちは「見えない存在」として扱われたことに大変な違和感を覚えました。
 私は14歳のときに阪神大震災を経験しています。このとき、神戸にある朝鮮学校が避難地域から除外され、当初、緊急物資がそこには届かなかったということがありました。東日本大震災のニュースを知って、真っ先に思い浮かんだのは、政府の支援が後回しにされる人々のことです。
 私は仲間と一緒に震災後1週間で“Japan Multicultural Relief Fund”(日本多文化救済基金)を立ち上げました。私たちのミッションは、日本社会が包括的で多文化な社会になるように、弱くされたコミュニティのエンパワメントとリーダーシップの育成です。私たちは、日本や被災地を立て直すときには、元の状態に戻ることは望んでいませんでした。もっと良くしなければいけないし、そのためには社会的に力を奪われた人たちのエンパワメントとリーダーシップを大切にしながら復興・復旧をしていかなければいけないということを認識していたのです。活動は、団体のウェブサイトを立ち上げ、日本の現状をアメリカのメディアに伝えることでした。そして、福島の朝鮮学校支援の取り組みです。ファンドレイジングをしました。また、朝鮮学校は市から土壌汚染についてサポートが得られなかったため、子どもたちは悲しく孤独な思いをしていると感じ、「私たちはあなたたちのことを忘れていない、ちゃんと考えているよ」という連帯メッセージのバナーもつくりお金と一緒に渡しました。

太平洋を横断する連帯運動で不正義と闘う

 さまざまな活動を通して、私が考えるこれからの在日朝鮮人のありようというのは、まず1つ目として、有色人種としての連帯があると思います。英語圏で広く使われている“people of color”“women of color”という言葉があります。「白人以外の人々」「白人以外の女性」という意味です。白人以外の人々の連帯を強めていくことは重要だと思います。私たちは在日朝鮮人ですが、そこにとどまらず、日本のなかでも“people of color”に相当する人々へのサポートを続けていきたいです。
 2つ目は、複合的な差別や抑圧と闘うことです。これはアメリカの黒人女性の運動から生まれた概念なのですが、私たちは、いろいろなアイデンティティやポジショナリティを生きていると思います。私は在日朝鮮人三世の女性なので、マイノリティといわれるかもしれません。ですが、私は大学院に通って、ある程度、安定した職に就いています。そういう意味では「強者」といえるかもしれません。いろいろなアイデンティティの交差をきっちり認識して、そこのインターセクションを見逃さずに、在日朝鮮人女性として、さまざまな差別や抑圧に向き合っていく必要があると思うのです。
河さん2 太平洋を横断する帝国主義というのは、ずっと続いています。日本とアメリカ、そして韓国の三角形の同盟関係はずっと強化されてきました。それに対抗するためには、やはり運動圏も太平洋を横断する必要があると思います。私たちのやっている活動はほんの一部ですが、ここにいる皆さんと共に太平洋を横断する帝国主義にどのように対抗していくのかを考えていきたいと思っています。
 最後に、私が好きな言葉を共有させてください。この世の中に不正義が存在している限り、それはすべての地域の不正義の対しての脅威であるということです。私たちが今、「平和」で安定した生活を送っているからといって終わりではありません。不正義がどこかにあれば、それはやがて私たちのもとにもやってきます。ですから、その不正義の芽がまだ小さいうちに一緒につぶさなければならないのです。
 ありがとうございました。

●河庚希(ハ・キョンヒ)さん/明治大学大学院特任講師、カリフォルニア州在日コリアン団体「Eclipse Rising (エクリプス・ライジング)」メンバー、「Japan Multicultural Relief Fund (日本多文化救済基金)」共同設立者)

(注)2009~2010年の間に「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のメンバーらが、京都府の朝鮮第一初級学校に対し拡声器を使ってヘイトスピーチを浴びせる街宣活動を繰り返した事件。2014年12月、最高裁で、在特会メンバーらに対し学校の半径200メートル以内での街宣活動の禁止と、約1200万円の損害賠償を命じた判決が確定している。

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