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セミナー報告:総会記念イベント「在日コリアン女性として生きる日常」金海翔さん

2017/07/18

 2017年5月13日、アジア女性資料センター2017年度総会記念イベントとして「単一民族国家神話を乗り越えて――在日コリアン女性から考える新しいつながり方」を開催しました。在日コリアン女性の経験を共有することで、日本の排外的政策の根本と向き合い、ますます多様化する女性たちの連帯によって力強いフェミニズム運動をつくり出すための契機となったと思います。登壇者のお一人、金海翔さんのお話をまとめました。登壇者の河庚希さんのお話はこちらから、金優綺さんのお話はこちらから読めます。

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在日コリアン女性として生きる日常

お話:金海翔さん

 金海翔さん1金海翔(きん・みゆき)と申します。私は、在日コリアン女性のエンパワメントのための活動をしているわけではありません。ですので、個人としての在日コリアン女性が、どのようなことを感じながら日常を生きているのかについて、お話ししたいと思っています。また、本日は金海翔、個人として登壇させていただきますことをご理解ください。
 私は、1989年に滋賀県で生まれました。現在27歳です。母親が在日韓国人の二世で、父親は日本人という、いわゆる「ハーフ」です。私の名前は「海翔」と書いて「みゆき」と読むのですが、パスポート上では韓国語読みした「ヘサン」という名前になっています。一般的に使用しているのは日本語読みです。
小学校は滋賀県の小学校に通い、中学・高校は京都の学校に通っていました。18歳のときに東京に来て大学に入ります。大学・大学院で研究していたのは、移民に対する教育でした。特に関心があったのは言語教育、識字という分野で、どのように人をエンパワメントしていくのかということです。2014年に就職し、現在は日用品メーカーに勤務しています。

在日コリアン女性として感じる「ややこしさ」

 進学、卒業、就職、結婚、出産などが、日本で生きていると生じるライフイベントかなと思います。こういった人生の節目に自分が立たされたとき、皆さんのなかでも、「やりにくいな」「ややこしいな」という思いをしたことがある人は少なくないのではないでしょうか。
 私も節目、節目に「ややこしいな」と感じながら人生を歩んできました。
 そして、その「ややこしさ」は果たして解決できたものなのか、というところに立ち戻ったときに、私は在日コリアン女性であることによって、なかなか自分だけの力では解決できないものが多かったなと感じるのです。私の父親は日本人なので彼の籍に入れば、その「ややこしさ」を放棄することもできたことは知っています。でも、私のなかで在日コリアンという地位を持ち続けながら生きていこうと思ってきました。
 まず、進学や卒業などの学校にかかわるところで私が何か「ややこしいな」と思ってきたことについて話します。まず、細かいのですが、入学書類とか卒業証書に記入する日付が元号というところです。皆さんご存知のように、元号というのは日本の天皇制から来ている年数の数え方なので、西暦ではいけないのかな、といちいち思ったりするわけです。ささやかな抵抗として、下のほうに「1989年」と書いてみたりすることが多々あります。
 それから式典の風景があります。これはインターネットで「卒業式」「写真」で調べたときに出てきた画像をスクリーンショットで撮ったものなのですが、大量の日本国旗が出てきます。こんなにいるのか!と思うわけです。でも、こんなことをいちいち感じていると、日常を生きてくのはなかなか大変です。日常の小さなことで、少しずつ何かややこしいなと思いながら生きている存在だということをちょっとご理解いただければなと思います。
 あとは奨学金です。私は、大学の学部生のときに、交換留学生として1年間、カナダで学んだのですが、卒業するときに日本の大学院に行くか、海外の大学院に行くかで悩みました。海外で勉強をしてみたいと思ったのです。ただ、年の離れた弟に学費を残すために、海外の大学に行くのだったら奨学金を取ったほうがいいと考えて、調べていました。みなさんご存知でしょうか。奨学金申請の要件には「日本国籍を有すること」と書いてあることが多いのです。とくに、返還不要の奨学金であればあるほど、「日本国籍を有すること」という但し書きが必ず書いてあります。それを見た瞬間、私の希望する進路がプチっと断たれたような感覚がありました。留学のためのビザ申請にも、領事館などで時間がかかったりもして、普通に学校生活を送っているだけでも、これだけ「ややこしいな」と思う瞬間があったのです。

金海翔さん2「四重苦」のショック

 学びを終えた私が次に直面したのは就職活動です。大学院修士課程2年のときに就職活動をしたのですが、そのときは景気がいいわけでもなかったので、果たして私は行きたい企業に就職できるのかと不安になっていました。というのも、母から「あんたは女の子やし、文系やし、院卒やし、在日やし、四重苦やで」と言われたことが私の心配を助長したのです。「四重苦か……」と。私は、人生においてそこまで苦労に直面したことがなかったので、いきなり「四重苦」と言われてショックを受けました。母がそう言った背景には、母自身が在日コリアン二世であり、正社員としての就職が難しいだろうと思われたことがありました。結局、彼女は、国家資格を取ってしまえばだれも文句は言わないだろうと、一生懸命に勉強して、医師免許を取得して医者になりました。これは笑い話ですが、「あんたも、そんぐらいせなあかうんちゃうん」と母に言われたことがあります。そのときは「えー、今さら? 大学選ぶときに言ってくれよ!」と思いました(笑)。
 そんな「四重苦」を抱えた私が就活市場に放り込まれたわけですが、現在勤めている会社は、もともと外資系ということもあり「外国人」がたくさんいます。会社の共通言語は英語です。結果的に就活で困ったことにはなりませんでした。ただ、就活のときにはかなりいろんなことを考えて不安になったのです。

日本人の女の子だったら疑問を持たずに過ごせること

 現在、私は年齢的に、毎日、だれかがウエディング・ドレスを着ているSNSの投稿を見る日々を過ごしています。私のパートナーは日本人です。私は在日コリアンで、パートナーは日本人という、私の両親と全く同じことになっています。そこで、戸籍をどうしようという問題にぶつかりました。
 私の両親は事実婚です。結婚して戸籍を一緒にするとなったときに、母親が自分は絶対に在日コリアン二世であることを放棄するのは嫌だと主張して、話し合った結果、戸籍を変えずに生きていくことを決めたそうです。戸籍上では私はシングルマザーの子どもという設定です。両親の決断は戸籍を一緒にしなくても家族ができるといういい例だと思っています。
私も全く同じ問題にぶち当たっているのです。私も母と同じように、コリアンであることにこだわって生きていきたいと考えているので、相手が絶対に一緒の戸籍に入ってもらわなくては困ると考える人だったり、例えば名家の人と恋に落ちてしまったりという場合には、私は、私自身の深いところにある主張を曲げなければいけないわけです。このような問題が出てくると非常に困ってしまうことも知ってほしいと思います。金海翔さん3
 また、もし出産するとなったときに、子どもの国籍と戸籍の問題が生じます。そして、子ども自身が選択できるわけではないというところが、かなり重要だと思うのです。親として、大人として、子どもにどんな選択をしてあげるべきなのかといった問題は20~30歳くらいでしっかりと判断がつくでしょうか。かなり重大な決断になってしまうと思います。
 こういうことは、在日コリアンでなければ、日本人の女の子だったら、とくに疑問なく過ごせるのかなと思います。SNSに毎日のようにアップされる結婚式の写真や出産報告の写真を見るたびに「この人たちはどうしたんだろう?」と思うと同時に「ああ、この人たちは別にどうもしないのだな」と考えながら、日々過ごしています。

「古い話」で終わることはできない

 人生の節目で私がややこしいなと思っている問題は、なかなか自分一人で解決できる問題ではありません。周りの人たちと話し、アドバイスをもらいながら、ときには法律を参照しながらでないと解決できないものです。そして、根本的には解決できているわけではないことが大きな問題だと思っています。直近の移民受け入れ政策などと比べると、在日コリアンの歴史は長いものがあります。「時代遅れ」「今更その話?」という場面が出てくるかもしれません。しかし、私や同じ在日コリアンの背景を持った女性たちが、いちいちこういうことに悩んでいる以上、終わりではないと考えています。
 自分だけの知識だけで解決することが難しいという問題が、在日コリアン女性が共通に持っている「ややこしさ」が、残っている限り、在日コリアン女性に対する差別が消えたことにはならないのではないでしょうか。ですから「終わったこと」とか「古い話」とか「今更その話?」というようにとらえるのではなく、引き続き日本で暮らす外国人住民を考えていくうえで、私が紹介したような問題を頭に置きながら、みなさんと一緒に考えていきたいと思っています。ありがとうございました。

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