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イベント報告:総会記念シンポジウム「ジェンダーの視点から、今、『改憲』と『生存権』を考える」

2018/06/27

2018年5月19日、総会記念シンポジウム「ジェンダーの視点から、今、『改憲』と『生存権』を考える」を開催しました。

2017年の衆議院選挙では改憲をめざす勢力が3分の2を占め、憲法改悪の危機がますます高まっています。また、現状では「女性活躍」も国家にとっての「女性活用」であり、社会保障・社会福祉など基本的人権である生存権までも侵食してしまうことが歴然としてきました。アジア女性資料センターは、このような危機を前に、日本社会の先取りとも言える、沖縄、福島、北海道・夕張からゲストをお呼びして地域の実態を語っていただきました。ジェンダーの視点から「改憲」と「生存権」を考えたシンポジウムの報告です。

※6月に刊行した「女たちの21世紀 No.94」の特集「生活から問う改憲と天皇制」には、ゲストの3人にご寄稿いただきました。そちらもぜひご覧ください。

 

 

沖縄から―

宮城晴美さん(沖縄女性史家、基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)

宮城さん

米軍支配下の沖縄では、特に女性と子どもの生存権が脅かされてきました。レイプ被害者は、私が調べた限り、一番幼くて生後9か月です(1949年)。1955年には当時6歳の女の子がレイプされ、惨殺されました。米軍によるおびただしい数の性犯罪のほとんどは加害者が罰せられず、被害者が泣き寝入りするしかない状況が続いてきました。

その他にも医療制度をはじめ、沖縄ではさまざまな制度が遅れています。27年間の米軍支配による空白は経済格差を生み、さまざまな問題を引き起こし今日に至っています。

憲法に関しては、沖縄ではむしろ熱心に教えられてきた印象があります。沖縄は憲法と離れた、法律がない場所でした。1960年から復帰運動が始まりますが、当時のスローガンは「日本国憲法のもとへ」。学校でももちろん憲法のことをしっかり教えますし、皮肉なことに、「日の丸・君が代」もセットでした。天皇制への意識もあったと思いますが、それ以上に、米軍の事件・事故、泣き寝入りせざるを得ない状態に我慢ならず、とにかく「復帰」したいという切実な思いがあったと思います。

1972年5月15日に沖縄は日本に「復帰」しましたが、広大な米軍基地は依然として残っています。私は、沖縄には今でも憲法が適用されていないと感じています。「日米地位協定」の存在です。その壁をこわさない限り、日本国憲法は沖縄には適用されないのではないでしょうか。辺野古の新基地建設問題も、本当に大変な状況です。

憲法9条に自衛隊が明記されると、さらなる基地機能の強化となり、24条の改悪とともに国家が家庭に介入でき、戦争への道を歩み出すこと必至です。

 

 

福島から―

森松明希子さん(東日本大震災避難者の会 Thanks&Dream代表)

森松さん

東日本大震災後、福島県郡山市から2人の子どもを連れて避難しています。

事故後、福島にいると本当に何も知らされません。国家が窮地に陥った時まず初めに侵害されるのが、国民の知る権利です。それは、権利を主張するための基礎的な情報を失うということです。福島を離れた時にそれを実感したと同時に、権力の暴走がはっきりと見えました。

ネットで「避難ママ」を検索すると、「ヒステリック」「神経質」「気にしすぎ」と言葉が続きます。そうしたバッシングを恐れて生きる、「隠れ避難民」が多くいます。被害の「見える化」を社会が怠り、真実を人々が共有できていないということです。

被ばくを避ける権利は、人の生命・身体に直接関係する権利です。権力者が「ここまでは逃げていいよ」「あなたはだめ」などと線引きできるものでしょうか。

敗戦を経て出来上がった憲法が今、もう古くなったから着替えましょう、という扱いで語られていますが、原発事故後、私の発言を論理的に支えてくれているものはこの日本国憲法です。「平和的生存権(平和のうちに生存する権利)」は、「全世界の国民は、恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」と前文で歌っています。自分の身を尊厳を持って守る権利は誰にでも等しくあるべきだと憲法に書いてありますし、こうして私が発言できるのも、言論の自由が今ある日本国憲法で保障されているからです。

 

 

夕張から―

熊谷桂子さん(夕張市議会議員)

熊谷さん

2006年、夕張市の財政破綻が大々的に報じられました。福島同様、一般市民の「知る権利」は閉ざされ、国や道庁、企業の責任も分からないまま混乱しました。市長や議員、そして市民に向けたマスコミの攻撃もひどいものでした。

夕張市は1874年に炭鉱が見つかり、その炭鉱を掘るために人が集められてできた町です。石炭エネルギーの供給基地として発展しましたが、エネルギー政策の転換により炭鉱産業は衰退、産炭地域特有の膨大な資産を国と道はほんの一部しか負担しませんでした。人口と税収は激減、老朽化した施設の維持管理費はすべて市が引き受け、かつての炭鉱労働者の職を確保するために観光産業に投資しますが、バブルも弾け投資は失敗。のちに財政破綻に至ります。

道庁から来た人が役職につき、憲法で保障されている最低限度の生活以外はどんどん削られました。子育て支援センターの設置、学校のPTA運営費補助、高齢者の配食サービス、産業や行事に関する予算はすべてゼロです。図書館や美術館が閉鎖され、学校は統合、市の職員の給料も年収で4割カットされました。

国のエネルギー政策の転換に伴う補償も(九州等に比べて)非常に少なく、市が大部分の負担を強いられたことをはじめ、財政破綻は国と道庁にも大きな責任があります。議会議事録には、「赤字隠し」も国や道の容認のもとに行われたと思われる記載がはっきりと残っています。

昨年から、財政再生計画を抜本的に見直し、「(20年後の人口予測である)約4000人が暮らせる町づくり」を進めています。企業の言いなりになり、市長に丸投げする「お任せ民主主義」のまちではなく、「市民が自分たちで考え話し合ってまちづくりを進める」住民自治の力で再生させていこうとしています。

夕張でも憲法は、学校や社会でもできちんと教えられない非常に遠いものでした。市民一人一人が憲法を学び、主権者としてそれを武器に政治について発言し行動する、そんな住民自治が必要ではないかと思います。

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