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今必要なのはウイルスとの「戦争」ではない

2020/05/01

COVID-19とジェンダー 翻訳記事

以下は、WILPF(婦人国際自由平和連盟)が出したシンシア・エンロー氏による寄稿の全訳です。

 

(シンシア・エンロー教授にコロナウイルスについてフェミニストとしての見解を伺った。同教授はフェミニズム理論家であり、著述家であり、ジェンダーと軍事主義に関する研究でフェミニスト国際関係論の分野に貢献したことで知られる。シンシア・エンローはWILPFアカデミックネットワークのメンバーである。)

コロナウイルス感染拡大の「カーブを平坦にする」ために都市や国全体が閉鎖される中、危機的状況下で集団として何をするべきかについて間違った比喩表現を選んでしまう恐れがある。民間と公共の資源を現在の危機対応へ動員するには、「戦争」は最もごまかしやすく魅力的な比喩だ。しかし、私たちは、その魅力に抗うべきだ。

フェミニスト研究者たちが再三教えてくれていたように、戦争が無数の国々で世代を超えて性差別、人種差別、同性愛差別、独裁、秘密主義、排外主義を助長してきたことを私たちは知っている。これらのいずれもパンデミック(世界的な大流行)を阻止することはない。信頼できる科学や機能する医療インフラに貢献することも決してない。私たちの中で最も脆弱な人々を守ることもないだろう。私たち全員の安全を維持することもない。パンデミック後の民主主義の基礎を築くことも、間違いなくありえない。

それにもかかわらず、戦争は非常にそそられる比喩だ。その理由はまさしく私たちの多くが、そして文化および政治の指導者たちが戦争を都合よく切り取ったり、それぞれの戦争について何を記憶してほしいか選り好みしたりするということにある。

コロナウイルスについて不安を感じているアメリカ人の多くは第二次世界大戦を経験していない。そのおかげで「良き戦争」と語られる第二次世界大戦は、勝利が約束された戦いを表す定番の比喩表現になっている。学校で過剰に教えられるとおりに、映画で過剰に語られるとおりに、多すぎる式典で祝賀されるとおりに、第二次世界大戦は「全てのアメリカ人が協力した」「誰もが犠牲をはらった」時期だった。私たちに「共通の目的」を与えた戦争だった。全員が「私たちの兵隊さん」を支えた。「共通の敵」に立ち向かった。その敵は議論の余地なく「邪悪」だった。銃後(戦場における後方部)では 「GIジョー(男性兵士)」と「ロージー・ザ・リベッター(軍需産業の女性労働者)」が模範的な市民だった。記念日のケーキの上の砂糖細工として、アメリカ人は戦争の中で「世界の救済者たち」になった。

軍事主義に反対するフェミニストとして、コロナウイルスが引き起こした世界的かつ地域的な危機にどう対処するのが最善か考え続けている。その結果、私たちは社会正義、ジェンダー公正、持続可能な平和を促進する方法を案出しようとしている。この感動的な3つの理念は戦争と正反対だと想像するかもしれない。しかしこれらの理念は、第二次世界大戦を都合よく切り取って感傷的に記憶する多数のアメリカ人にとって、大好きな戦時中に発展したものなのだ。アメリカ人に理想化された第二次世界大戦の見方とは、「人々がひとつになり」「誰もが自分の役割を果たし」「平和が勝ちとられた」というものだ。GIジョーは大学に行き理想の家を買う機会を得た。ロージーは一時的に児童保育と妥当な賃金を得た。

言いかえれば、フェミニストたちが戦争と自らにとっての平和を対極にあるものと見なしたとしても、おそらく最も軍事化されたフェミニストは、「良き戦争」を、平和を勝ちとるという名目の下に連帯と正義と女性にとっての機会拡大を促進するものと考えるだろう。

多くの国々で起きたように、都合よく切り取られた戦争の美しいイメージは、どの戦争経験を記憶するかという選別に懸かっている。例えば、「急速に広がるコロナウイルスに対抗して、私たちは今『第二次世界大戦タイプの戦争』を戦っているのかもしれない」と感傷的に想像しているアメリカ人は、戦時中の1940年代に無辜の日系アメリカ人らが強制収容されたことを都合よく忘れているし、そのことを自ら証明している。同様に、なつかしく記憶している良き戦争の間アメリカ陸海軍が階級による人種隔離を行なっていたことを思い出すのは気まずい。

過去40年間にわたってアメリカのフェミニスト歴史家たち、ブランチ・ウィーゼン・クック、メアリー・ルイーズ・ロバーツ、ブレンダ・ムーア、ジーン・ワカツキ・ヒューストン、モーリーン・ハニー、アリソン・バーンスタインらは、アメリカ人の第二次世界大戦観から理想化された色彩をそぎ落とすために必要な研究を行ってきた。研究者たちが明らかにしたのは、人種差別的、同性愛差別的、反ユダヤ主義的な慣習の遵守、売春の奨励、偽の約束で女性を騙すことによって、アメリカ人たちがいわゆる良き戦争を戦ったということだ。

現在、急速に拡大する感染症に対して「第二次世界大戦タイプの戦争」を戦うことが望ましいと言うことができる状況は限られている。それは、フェミニスト歴史家による知見を意図的に無視して、市民の総力を「戦争」に結集させる時、なにが現実に犠牲になるのか知ることを拒否する場合だけだ。包括的で公正、有効かつ持続可能な公衆衛生を現在の社会で提供するために、フェミニスト歴史学が戦争について教える教訓をわたしたちは学ぶ必要がある。そのために、理想化された軍事化の魅力に抗わなくてはならない。

翻訳:笠原秀緒

原文はこちらから
“Waging War” Against a Virus is NOT What We Need to Be Doing

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