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特別掲載:「一億総活躍」と憲法 24 条の改悪への動き(山口智美)

2015/12/16

 2015年10月7日に行われた内閣改造で、「一億総活躍担当大臣」という新ポストが登場し、「日本会議国会議員懇談会」の所属議員で、安倍晋三首相と関係が近いと言われる加藤勝信衆議院議員が就任した。加藤大臣は他にも5つもの大臣職を兼務し、前回の組閣で初めて登場した「女性活躍」担当は、女性活躍推進法が可決した直後にもかかわらず、「一億総活躍」の影に隠れ、「男女共同参画」担当に至っては報道すらされなかった。

 加藤大臣は、2004年、自民党憲法調査会憲法改正プロジェクトチームの会合で、「個人・家族・コミュニティ・国という階層のなかで、日本人は国も捉えているのではないか。したがって、急に国に奉仕しろといわれても飛びすぎて、まず家族・コミュニティに奉仕をする延長線上のなかに国に対する奉仕も位置づけたほうがなじみやすいのではないか。そういう意味で家族・個人の関係をもう1回構築をしていくことが、まさに大変重要なことではないか」などと発言(注)するなど、個の尊重を軽視し、人権感覚が疑わしい発言を行ってきた人物だ。そして、加藤大臣は、内閣府男女共同参画局の広報誌『共同参画』11月号の巻頭言で、女性活躍、および男女共同参画担当大臣としての抱負を以下のように述べている。『すべての女性が輝く社会』の実現は、安倍内閣の最重要課題の一つです。少子高齢化に歯止めをかけ活力ある社会を実現するためには、一人ひとりの日本人誰もが、家庭で職場で地域で、今よりももう一歩前に踏み出していけるようにしなければなりません。そのための最も重要な柱が女性の活躍推進です」。女性の活躍推進が、少子高齢化対策としてのみ語られ、女性の人権、性差別の撤廃といった視点は見えない。さらに「家庭」が職場や地域より先に女性が輝く場として言及されており、固定的なジェンダー観が影響しているようでもある。

 「一億総活躍社会」の実現を掲げる安倍首相は、9月24日、「アベノミクスの第二ステージ」の目標として新「三本の矢」を発表した。①希望を生み出す強い経済(GDP600兆円)、②夢を紡ぐ子育て支援(希望出生率1・8)、そして③安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)という新「三本の矢」だが、第二、第三項目として、子育て支援、社会保障が入ったことに留意する必要がある。

 さらに安倍首相は10月、「一億総活躍社会」に向けたプラン策定等の審議のために、閣僚や有識者からなる「一億総活躍国民会議」を設置した。ここでも少子高齢化対策が強調され、11月中にまとめる予定の緊急対策でも、「希望出生率1・8の実現」と「介護離職ゼロ」に直結する政策に重点化する方向。11日20日付の毎日新聞の報道によれば、目新しい対策としても「3世代同居・近居の推進」など、家族の支え合いを前提とし、強化する方向性のものが目につくという。今年3月に決定された「少子化社会対策大綱」でも3世代同居が推進されたが、それと同じ方向性だ。さらに、「介護離職数ゼロ」についても、介護休業(最大93 日)を3回程度に分けて取得できる制度改正案が提示されているというが、介護保険を拡充せず、介護休業だけに手を入れることで、家族負担、特に女性の負担がより増えることが懸念される。

 こうした政府主導の少子化対策の根本には、女性は結婚、出産を希望すべきであり、さらに介護を担当するのも当然だという、固定的ジェンダー役割観が見え隠れする。9月14日には、自民党「家族の絆を守る特命委員会」が、「若い世代に、いわゆる『事実婚』ではなく、法律上の結婚を促す必要がある」として、配偶者の収入にかかわらず所得税の一定の控除を受けられるという「夫婦控除」を導入すべきという方針を打ち出した。また、菅官房長官が9月29日、俳優の吹石一恵氏と福山雅治氏の結婚に関して、「結婚を機に、やはりママさんたちが、一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んでください」と発言。同じく吹石氏らの結婚に関して安倍首相のブレーン、八木秀次麗澤大学教授も、『正論』誌の12月号で「結婚は『子供を産むことが前提』であり、子供を産むことで『国家に貢献』することが期待されている」と述べている。安倍政権にとって、「女性の活躍」とは国家のための少子化対策に直結するものであり、女性は結婚・出産・介護などを担うことが前提とされているのがよくわかる。

優先される憲法 24 条の改悪
 このような「一億総活躍」政策が推進されるなかで、現政権の支持母体でもある「日本会議」などの右派運動は、改憲を目指した動きを活発化させている。例えば、日本会議系「美しい日本の憲法を作る国民の会」は、11月10日、日本武道館で大規模な「今こそ憲法改正を! 一万人集会」を開催した。こうした改憲の動きにかかわる日本会議を始めとした右派は、2000年代の男女共同参画へのバックラッシュの背景にいた人々や団体と共通している。そして、9月の安保関連法の成立後、政権、右派運動ともに、改憲においては9条に先んじて、緊急事態条項と家族条項を優先するという方向性をより強く打ち出している。自民党改憲案における家族条項とは、現行24条に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という条文を加えるというものだ。「家族の助け合い」を前提とした「一億総活躍」政策と、改憲で「家族条項」を追加するという方向性の間に、全く齟齬はない。

 各種世論調査などで改憲に反対する率が高い女性は、右派の改憲運動のターゲットでもあり、例えば日本会議は2014年9月、女性に向けて、『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』(監修 百地章、明成社)という冊子を出版。「女子にはとっつきにくい憲法9条問題から家族条項や行き過ぎた個人主義についてもわかりやすく解説している憲法問題ブックレットの決定版!」と宣伝している。今年に入りマンガ版が出版され、10月にはYoutube にアニメもポストされた。どれも男性のマスターが、女性客になぜ改憲が必要かについて講釈する内容だが、特に冊子版では、最初の項目が緊急事態条項、二番目が家族条項、そして三番目が9条と、政権及び自民党の現在の優先順位そのままだ。

 12月16日、選択的夫婦別姓、および再婚禁止期間に関して、最高裁の判断が下される。特に夫婦別姓は、日本会議にとって、今まで何度も大規模署名活動を行うなどして、法案を阻止し続けてきたという重要なテーマだ。現在の民法が合憲と判断されれば右派は勢いづくだろうし、違憲と判断された場合でも、危機感を募らせ、家族条項の導入に向けて動きをより活発化させるだろう。24条の改悪に向けた動きに、積極的に対抗していく必要がある。

山口智美/モンタナ州立大学教員

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注:2004年 「STOP! 憲法24条改悪キャンペーン男女平等を否定する改憲案に抗議する共同アピール」及び資料を参照
https://www.ajwrc.org/358

※この記事は『女たちの21世紀』84号「国内女性ニュース」に掲載したものです。2015年12月16日、最高裁は、民法が定める夫婦同姓規定について合憲であると判断しました。1985年に女性差別撤廃条約を締結した日本は、2003年と09年に同委員会から、民法が定める夫婦同姓は差別的な規定であり、すぐに法改正するよう勧告されています。このような判決が下されたため、執筆者である山口智美さんの了解を得て特別公開します。(アジア女性資料センター)

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