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2004/10/30~11/3 香港スタディ・ツアー報告

2005/01/11

会員のみなさま

10月30日から11月3日まで香港スタディツアーに行ってきました。簡単な報告ですがもし時間があれば読んでみてくださいね。詳しくは、今回の参加者による報告が次々号(2005年2月ごろ発行予定)に掲載されます。

今回のツアーでは、香港在住で長年の会員の小出雅生さんに大変お世話になりま
した。また、香港の女性団体AAF(Association of Advancement of Feminism)
のチャバオさん、メーベルさん(今年の初め日本にこられたときにセンターでイ
ベントを行いました)にもお世話になりました。

また参加者のみなさんには私の不手際にもかかわらず、最後まで協力的に参加く
ださり本当にありがとうございました。もし時間があったらこのメーリングリス
トに感想を投げてくださると嬉しいです。

松本真紀子


10月30日
香港空港に到着後、香港歴史博物館に向かう。中国返還後に作られたという博物
館は古代から現代までの香港の歴史(アヘン戦争、日清戦争、日本による侵略・
占領、戦後の復興など)がビジュアルに展示されてとてもわかりやすかったです。
強く感じたことは、香港はこれまでに一度も「中国の一部」という位置付けを香
港に住む人たちは感じてこなかったのではないか、いつも対等な関係(現実がど
うだったかは別として)を取りながら中国本土が困っているときは支援をしたり
難民を受け入れたりしてきたのだということでした。これから中国返還後、どの
ような道を進んでいくのだろう・・・と感じます。
香港歴史博物館を今回のツアーに入れたのは、ツアーで女性団体でまわるだけだ
と、香港と日本の歴史的な関係が落ちてしまうと思ったからでした。日本占領時
代の写真や軍票、タバコの箱などの展示を見ながら、2000年の法廷で作った「慰
安所」マップでは香港に慰安所があったこともわかっているので、香港で60年以
上前に起こったことを考えさせられました。

10月31日(日)
AMC(アジア移住者センター)
アジア地域で移住者のサポート団体、移住労働者自身の団体などをネットワーク
する団体です。アジア22カ国とのネットワークを持ち毎年各国の移住労働者の状
況をまとめた報告書を制作しています。移住労働者を支援して「あげる」という
運動のあり方ではなく、移住労働者自身がエンパワーされて自ら組織化すること
を目指しています。活動戦略には4段階のレベルがあり、①移住労働者の尊厳を
回復するサポート(カウンセリング、クライシスセンター、虐待への補償回復)、
②移住労働者みずからの組織化、③政策提言(地域、国家レベル、国際レベル)
やそのためのデモ、④人が移住労働者とならざるを得ない原因への取り組み(貧
困、政治の腐敗、失業問題)であると説明されました。昨年の7月に、移住労働
者権利条約が発効したがその批准国のほとんどは移住労働者の送り出し国で、日
本を初め受入れ国が批准していないことが問題であるということでした。
紹介された活動はたくさんあるのですがその中で一番「すごい!」と思ったこと
は、移住労働者が個人個人で一月1000円とか1500円とか積み立て、出身国への投
資に使うというものです。例えば、フィリピン人(14万人以上香港に住む)がお
金を出し合って自国に投資をし、それで有機農場を経営したりするというものな
どです。これまでの「開発」のあり方を変える方法として革命的にすごい!と思
いました。

この日の午後移住労働女性たちが唯一の休日を集まって過ごす場所を訪ねました。
香港島のビルが立ち並ぶ中のビルの1階の広いスペースには1000人を超えるフィ
リピン人女性が集まり、ビニール製の敷物に座り、ご飯を食べたり、おしゃべり
をしたり、トランプで遊んだりしていました。その後、主にインドネシア人女性
たちが集まる公園に行きました。そこでも多くの女性たちがバレーボールをした
りバドミントンをしたりしていました。移住労働者の多くはドメスティックヘル
パー(家事労働)をしています。法律で雇用主の家に住み込むことが条件となっ
ており、週に1度の休み(取れるとは限りませんが)を同じ言葉で話す女性どう
しが集まっている姿に、自国に自分の家族を残し、異国に他人の家族の世話をし
に来なければならない、国と国の間の貧富の差、国内部における貧富の差に取り
組む必要性を強く感じると同時に、日本がこれからフィリピン人介護労働者への
門戸をあけようとしていることに、私はどのように考えてればいいのだろうかと
複雑な思いを抱えました。

夜はAMCB(Asian Migrants Coordinating Body)という香港内の移住労働者をサ
ポートし、ベトゥンハウスというシェルターを持つグループを訪ねました。突然
解雇されたり暴力を受けて逃げ出したり、行き場を失った女性移住労働者を受け
入れるシェルターです。インドネシア、スリランカの労働者のグループの女性た
ちが集まってくれました。
自国で香港で働くことを仲介してくれるブローカーに大金を払い、その借金を返
すために初めはほとんど給料から天引きされるか、無給で働かされることもある
そうです。インドネシアの場合では、仲介ブローカーとローン会社が裏で繋がっ
ていることもあったり、政府関係者がビジネスで仲介ブローカーをやっているこ
ともあるらしく、それでも香港ではたらく女性移住労働者の組織化をしながら自
分たちの権利を取り戻す運動を続ける力強い女性たちでした。

11月1日月曜日
午前中は紫藤という「セックスワーカー」支援グループを訪ねました。カラフル
なコンドームがぶらさがり、スローガンが書いてあるTシャツ、バナーなどが飾
られた元気のいい事務所でした。香港では、「セックスワーカー」の存在は違法
ではありませんが、客引きは違法という矛盾した状態があり、警察がおとり捜査
で「セックスワーカー」を摘発することがよくあるそうです。紫藤も活動をはじ
めたきっかけは、警察からの嫌がらせに困っている「セックスワーカー」支援か
ら始まりました。特に部屋を借り上げて自営でしている「One apartment One
woman」と呼ばれる女性たちと路上で立って客を待つ女性たちを支援しています。
部屋を借り上げている女性たちは地元香港の女性たちで、路上の女性たちは中国
本土からの女性たちがほとんどだそうで、立場がより弱い状況だそうです。女性
が貧困から解放され性産業を選ばない社会が望ましいのではないか、という質問
に対して、「そうあることが私たちのHopeでもあるが、今置かれている女性たち
の状況をなんとかしなくてはなりません」と答えていました。

午後は群福というDVサバイバーの支援グループを訪ねました。一人のソーシャル
ワーカー以外すべてサバイバーが運営委員、メンバーを構成しているグループで
す。当事者支援よりスタッフ中心主義的なDV支援になりがちなところ、群福は徹
底して当事者が運動の中心になって活動しています。12人のメンバーが自らが群
福でどのような活動をしているのか話してくれました。自分たちで社会福祉省に
掛け合い、生活保護政策、公的居住施設に優先的に入れるような政策などを変え
させ、コミュニティエデュケーションとして自らの話しをしに出向き、ホットラ
インで電話相談を受け、自分たち自身がエンパワメントされながら運動の担い手
となる姿にツアー参加者一同感銘しました。
アジア女性資料センター機関誌38号の73ページに今回のツアーのコーディネーター
小出雅生さんから紹介されていた中国本土四川省から来た家族で夫が妻子3人を
殺害したDV事件(天水園事件)では、被害者となった女性と同じシェルターにい
たという方から詳しいいきさつを聞くことが出来ました。彼女たちの抗議行動の
結果、警察は詳細な調査をはじめることになり、その結果報告が11月8日に発行
されるそうです。彼女たちのパワーと行動力に女性運動のあり方を考えさせられ
る3時間でした。

11月2日
午前中は特に外国人女性の「セックスワーカー」をサポートするNGO、青鳥を訪
ねました。12年前に設立された当初、毎週ストリートの同じ場所に同じ時間に出
向いていって、そこにたっている女性たちとの関係作りからはじめたそうです。
そこでとくに健康の問題などの情報提供からはじめました。今では元「セックス
ワーカー」によるピアエデュケーションやニュースレター発行などをしています。
「法的権利をしるために」という冊子は中国語(簡体字、繁体字)、英語、タイ
語で発行しています。日本でも歌舞伎町のお店に出向いて同じような活動をしよ
うとしたらすぐ追い出されるかも・・・という問いに対して、「お店の経営者や
客引きとの関係作りは、私たちの活動はビジネスを脅かすものではない。女性た
ちが健康に気をつけたら営業もよりよくなるでしょう?」というようなアプロー
チで、経営者側との関係作りにも心がけているそうです。支援者が提供したいサー
ビス、情報をではなく、セックスワーカーが必要だというサービス、情報を提供
することが大切だと、ここでも当事者中心の活動が強調されました。

午後初めに、Gutsy Womenという大学時代に出会った女性たちの若いフェミニス
トグループに会いました。反ダイエットキャンペーン、反痴漢キャンペーンなど
に力を入れています。ある電話の広告で女性の体(顔は見えなくて胸からひざま
で)が使われたポスターでは女性に対する性暴力を促進するとして抗議行動を行
いました。記者会見、デモ行動、署名活動などをした結果、新聞への「謝罪広告」
を勝ち取ったといいます。若い女性たちだけではじめたグループは、既存の女性
団体とは違ってフレキシブルな運動ができるが、日本も香港も世代を超えて運動
を次に引き継いでいくことが課題だということも話されました。

11月2日は最後に、AAF(Association for Advancement of Feminism)主催のミ
ニシンポジウムが開催されました。香港からはAAF設立当初からのメンバー陳さ
ん(現在嶺南大学教授)、AAFメンバーで地方議会フェミニスト議員のガムガム
さん、AAFメンバーでAAFの中のサブグループ「女性、カラダ、空間」で、運動が
個人から離れたところで行われていることを考え、安全な場所、信頼できる空間
を作り自分のカラダ相手のカラダを目隠しをして探り合うというワークショップ
などをしているグループの主催者Callyさん3人からお話しがありました。

陳さんからは香港の女性運動の歴史について話しがあり、1947年に社会福祉、政
治参加などのみに焦点をあてた上流階級の英語を話す女性たちによる女性団体が
できたけれども、草の根の女性運動が生まれたのは1980年代で、AAFは1984年に
できたそうです。これらの女性団体の特徴は中国語を使って、地元の文脈で、草
の根の運動から生まれたこと。この運動が民主化運動とあいまって発展してきた
ことなどが話されました。新界の女性たちが90年代に女性の土地の相続権を勝ち
取るための闘いのビデオ上映がありました。現在では、さまざまな背景を持つ女
性たちの多様な運動があり議論を深めながら女性運動が活動しているということ
です。

フェミニスト議員のガムガムさんからは、伝統的な地方議会の女性が「チアリー
ダー」的な存在であったことを指摘し、ガムガムさんが10ヶ月前に議員になって
以降、地元の都市再開発問題に取り組む住民たちとの運動から見た経験をもとに
お話しがありました。地元の「お金持ちの主婦」たちが最初は自分のため、家族
のために取り組んだ運動に関わっていくうちに、自分自身に自信をつけ、コミュ
ニティのため、社会のための運動といったように視点が広がっていくプロセス、
自分自身を変革し、それが社会の変革につながる素晴らしさをシェアしてくれま
した。また最後に持論の「女性的政治理論」について紹介され、女性として議員
になって、「優しすぎる、もっと主張しなくちゃ、交渉力が必要」などと言われ
てきたが、女性として「人の話しをよく聞き、みんなの声を含めて、現実の権力
構造を認識しながら」する政治活動によって、問題そのものは解決できなくても、
個人個人の不満、恨みつらみなどは感情的に解決できることもある。「私は人々
とともに活動していきたい。人々の前にたつことも、後ろに控えることもなく。」
と締めくくられました。実は日本人の私たちからみたらガムガムさんは十分アサー
ティブなので、彼女の口から「女性的政治理論」を聞くのはちょっとコミカルで
もあったのですが、理論そのものはその通りだなぁと思いました。ちなみに、ガ
ムガムさんはシンガーソングライターでもあり、DV支援NGO「群福」のテーマソ
ングを2日間で作り上げたそうです。

Callyさんからは、さまざまな女性のそれぞれ異なった経験を語るために集まっ
たけれど、そのためには「言葉」を超えたクリエイティブな表現方法が必要だと
いうことに気づき、ほかの方法で女性の経験を表現するワークショップをはじめ
た話しを聞きました。フェミニズムは社会運動だけではなく、文化運動にも参加
できうることなどが紹介されました。

最後に、日本の女性運動の紹介としてアジア女性資料センター運営委員の丹羽さ
んから、日本では憲法に性差別禁止がうたってあるにもかかわらず現実は全く違
うこと。女性差別撤廃条約批准の際にようやく「女性差別」が政治的問題として
取り上げられ始めたこと。しかしいまだに「ジェンダー主流化」には程遠く、傷
口にバンドエイドを貼るような応急処置的対応ばかりで、女性差別の根本の問題
にこれから取り組むべきだというようなことが話されました。

その後、質疑応答、ディスカッション、交流パーティと続きました。

今回の香港ツアーは短い期間の間に、非常に濃密なスケジュールでした。香港で
培ったネットワークを広げつつ、私たちが日本でどのようなビジョンを持って運
動を展開していくのか会員のみなさんと議論していければと思います。

もう少し詳しい報告は次々号に掲載予定です。ご期待くださいね。
また次回のスタディツアーは3月末にカンボジアを予定しています。カンボジア
在住の会員で、国際子ども権利センターの活動も活発な、甲斐田万智子さんがコー
ディネートをしてくださいます。ご期待ください!

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