イベント

2004/6/27~7/4 タイ・スタディツアー報告

2004/07/04

渡辺です。

 バンコクで開かれていたアジア太平洋NGOフォーラム、北京+10に参加してきました。アジア女性資料センターでは、近々報告会をすることと思いますし、それぞれの参加者から報告があると思いますので、特に日本軍性奴隷制に関することを中心に簡単に報告します。

 来年は北京女性会議から10周年にあたります。今回のアジア太平洋 NGOフォーラムは、この10年の総括とフォローアップのための会議で、「パープルブック」と呼ばれる報告書を提出することになっています。その「パープルブック」はアジア太平洋の女性たちの声となるわけですが、そこに日本軍性奴隷制についても入れ込みたいと参加しました。

 私が出発したのは30日の午後だったので、ちょうどカンヘジョンさんからの訃報を出発前に見ました。あまりにも突然の死をフォーラムでどう追悼しよう・・・と思っていたところ、先着していた挺対協のシン・ヘスさんと須田馨さん、APWLDスタッフで、VAWW-NETのメンバーでもある柏崎知子さんが、しっかり準備をしていました。

 シン・ヘスさんが、7月1日朝の全体会議のコメンテーターになっていたので、発表の最後にインターネットでプリントアウトした金順徳さんの写真と絵を見せながら、追悼のあいさつとと10秒間の黙祷をしました。そして、会場すべての人に追悼と平和を願う白いリボンを配り、身につけてもらいました(参加者は500人くらい)。また、挺対協は5月のソウル会議で決まった署名運動も始めていました。国連にに対して、国連の数々の勧告を無視し続けている日本政府に勧告に従うよう強く働きかけろ、と言う内容の署名です。

 私たちは、アジア女性資料センターとVAWW-NETジャパンの共催で、「紛争下における女性に対する暴力のサバイバー・被害者に対する救済」というテーマでワークショップも行いました。日本軍性奴隷制のサバイバー・被害者に謝罪、補償、真相究明、責任者処罰、次世代への教育といった救済を行うことが、今も続く紛争下の女性に対する暴力を防ぐために必要なのだ、ということを確認するためです。挺対協のシンヘスさん、パキスタン人で、Women Living Under Muslim Laws(イスラム法下における女性ネットワーク)ファリダ・シャヒードさん、ビルマ女性連合のカレン族の女性(名前は公表せず)と私の3人でスピーカーとなり、アジア女性資料センターの清末愛砂さんが司会で進行しました。席がほとんど埋まる60名の参加で、質疑応答も活発で盛会でした。

 ビルマ国軍によるカレン族やシャン族といったビルマの少数民族の女性たちへの強かんの被害は今も続いています。彼女たちはビルマ政府に被害を訴えることができないため、国際社会に対してこの被害を訴える調査結果をレポートにまとめています(シャン族の「強かんの許可証」は、アジア女性資料センターで翻訳プロジェクトが進んでいます)。そして、国内での紛争が増えている中、国家以外の組織による暴力も裁けるようなメカニズムが必要だとの意見が出ました。

 また、ファリダさんからは、金順徳さんをはじめとした日本軍性奴隷制のサバイバーの勇気ある訴えが、どれほどの他の地域の紛争下の女性に対する暴力の被害者を力づけたか、ということもシェアされました。

 アジア女性資料センターの本山さん、松本さん、清末さんと私で書いた、このワークショップの声明には、また、紛争下や軍駐留下(この言葉で沖縄も含まれます)のジェンダーに基づく犯罪は、最も重大な問題であるとし、日本軍性奴隷制のサバイバーに対して救済をせよとの勧告を入れ込んでいます。そして、声明の冒頭には、「このフォーラムの初日になくなった、日本軍性奴隷制のサバイバーで、偉大なアーティスト、金順徳さんを追悼して」と入れました。これは、ワークショップ報告として、そのままパープルブックに入るはずです。

 また、7月2日の夕方にはAPWLDが行っているキャンペーン、「人権擁護者を擁護せよ(Defende the human rights defenders)」の一環として、Salma Sobhan(バングラデシュ)、Raquel Tiglao(フィリピン)と松井やよりさんの追悼の会が催されました。ラケルは「法廷」のプレ会議にも参加していたのでよく覚えています。性暴力の被害者支援の一人者とも呼べる素敵な人でした。

 松井さんの追悼は、こちらもあまり準備をしていなかったのですが、松井さんの写真をまわしつつ、アジア女性資料センターの青木さん、松本さんが司会をして、簡単な経歴を紹介しつつ前述のファリダさんやこの会のコーディネーターで、マレーシアの著名な人権活動家、アイリーン・フェルナンデスさんにも思い出をシェアしてもらいました。ファリダは、前回のアジア太平洋NGO会議の全体会議のフォーマルな席で、松井さんが舞台にかかっていた米国旗と英国旗を、「こんな帝国主義と軍事主義のシンボルをかざる必要はない」ひきずりおろした思い出を語り、「他の人は違和感を感じながらも行動をおこさなかったけれど、やよりはぜったいに妥協しないかった」と話しました。アイリーンも「人権に妥協はない」といった松井さんの言葉を涙をうかべながら話しました。最後に私が「女たちの戦争と平和資料館」の松井さんの提案部分を読み、ネットワークや情報提供をよびかけました。

 今回も力不足を感じて自己嫌悪に陥りましたが、同時に本当に力く闘う、素晴らしい女性に出会えることで、力もわいてきます。

 他の参加者のみなさんからも補足があると思いますが、取り急ぎ。

渡辺美奈


松本です。

 昨夜タイスタディツアーから帰国しました。NGOフォーラムの報告は渡辺さんの報告があるので簡単にツアー前半(チェンマイとチェンライ)の報告を簡単にします。ツアー参加者のみなさんもどしどし感想をMLに書いてくださいね。報告は7月末発行の機関誌には間に合わないので、10月発行の機関誌に掲載予定です。

 今タイは雨季。ときおり降るスコールのような雨で大変湿度が高いのですが、アレルギー持ちの私にとっては乾季より過ごしやすく感じました。

 今回は参加者のみなさん、私たちの訪問を快く引き受けてくださったNGOの方々のご協力のおかげで無事ツアーを終えることができました。ツアーでたくさんの宿題を抱えて日本に帰ってきたように思います。私たちが日本でなにができるのか会員のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

6月27日日曜日チェンマイ:
訪問団体:SWAN(シャン女性アクションネットワーク)

 現在アジア女性資料センターが翻訳プロジェクトをしている「License to Rape(強かんの許可証)」を発行した団体。ビルマ軍による性暴力を告発し、その被害者にシェルターなどのサポートを提供している団体です。チェンマイ到着後の夜、夕飯を囲みながらSWANの女性たちの話しを聞きました。

 旅の疲れも彼女たちの話しで吹っ飛びました。ほとんど全てのメンバーが「不法」にタイに滞在せざるを得ず活動していること。毎年インターンを募集するために数人の女性たちがビルマ政府軍からの攻撃、逮捕などの危険を冒してビルマ国境を越えて各村にSWANの活動を説明し毎年数名の若い女性が応募し、国境を越えてタイに来ていること。そのほとんどが両親と再び会えないかもしれないのです。

 SWANはビルマの女性たちのネットワークWomen’s League of Burmaに属しており、渡辺さんの報告にあった、NGOフォーラムでの「紛争下における女性に対する暴力の被害者/サバイバ―への救済」のワークショップで発言してくれたカレン民族の女性グループと近い関係です。SWANが発行した「License to Rape」の後、今年に入ってカレン民族の女性に対する性暴力を告発したレポート「Shattering Silence」はSWANの女性たちの運動にエンパワーされてできたものだと聞きました。タイの国内でも活動が難しく、NGOフォーラムのビルマ少数民族への暴力関連のワークショップは全て他団体の名前で企画されていました。このような抑圧が続くビルマ政府に日本政府はODAを提供しつづけています。

6月28日月曜日チェンマイ:
訪問団体:バーンサバーイ(HIV/AIDS感染者支援グループ)

 元HELPのスタッフだった青木恵美子さんにお話しを聞きました。2年前にできた新しいNGOです。日本から帰国してくる女性たちの受け入れや地元の感染者の支援をしています。活動そのものに加えて、関西弁で力強く語られる青木さんの人柄に参加者一同圧倒され、とても感銘を受けました。彼女の言葉で最も印象に残っている部分は、「タイからの帰国者はバーンサバーイに入ると自分が感染者だということが人に分かってしまうといって敬遠する。新しい施設には看板を出さず周りからわからないようにしよう。と運営委員会で提案したら、HIVに感染している別の運営委員から”日本のHIV/AIDS差別を輸入し助長するのか!私たちは自分たちがHIV/AIDSであることを隠したりはしたくない。どうどうと活動をするべきだ!”と言われて目がさめた。」とおっしゃった言葉です。来年には引越しをするという新しい家屋は、1000坪の土地で、近くにAIDS専門の病院や感染者同士の支援グループもある環境のコミュニティでちゃんと看板を出してバーンサバーイは活動を続けるということでした。ほかにもHIV/AIDSを含む性感染症を防ぐためのタイの徹底した性教育の行き渡りについて話され、日本の「性教育バッシング」に大きな危機感を感じました。

6月29日火曜日チェンマイ:
訪問団体:MAP foundation(移住者アクションプログラム)

 特にWomen Exchange Programといって移住女性たちが600のコミュニティでミーティングをしています。それぞれの地域で抱える問題を共有したり問題解決に取り組んだりしています。MAPでは字が読めない人びとのためにラジオ番組も持っており「オーディオマガジン」といってラジオ番組を録音したテープを配布をしています。SWANの中心的メンバーもMAPの創設時に関わってました。彼女たちが発行している「移住女性・難民女性が性暴力にあったときの支援手順書」というガイドを発行しており10の段階に分けて非常に詳細に説明されています。これを利用して各コミュニティへトレーニングを行っているということです。このガイドブックも女性たちが集まって長年かけて自分たちで作り上げたということでした。

訪問団体:EMPOWER

 EMPOWER は性産業で働く女性たちの労働環境の向上や健康の問題に取り組むことでとても知名度の高い女性NGOです。性産業で働く女性たちが自分たちの力で自分たちを含めた仲間を支援するNGOとして始まりました。今ではバンコク、チェンマイ、チェンライに事務所があります。女性が妻や母としての「よい女性」と性産業で働く「悪い女性」に分断され、いつも「悪い女性」のことは無視されるどころか、差別、搾取、暴力の対象とされていたことを指摘しました。またタイの娘は家族を支えることを期待されていて、性産業で働く女性たちが性産業にたどりつくまでにありとあらゆる職業を経て、生活のために性産業に入ることも話されました。一つ気になったことは、バンコクでは生活のためではない「若い学生たちがクラブに遊びに行き、そこで性関係を持って男からお金をもらうような現象がある。彼女たちは自分たちが性産業で働いているという自覚はないだろう」という言葉です。私はこの言葉に日本の「援助交際」を思い起こしました。男たちも「シロウト」の若い女性は性感染症の心配もないと勝手に判断したり若い女性と性行為を持つことによって「若返り」の神話があるということです。

 タイ政府は今「性産業の合法化」を計画しているようです。この背景は女性たちを認めるということではなくて、観光産業の推進の影で膨れ上がった性産業から得られる税金に目をつけて行われているとスタッフの方は指摘していました。そして彼女たちは「”合法化”には反対する。私たちが欲しいのは”公正で安全な労働環境”だ」と話していました。

 夜はチェンマイのツアーをコーディネートしてくれた「タイ女性の友」で活躍する吉田直子さんとパートナーのニワットさん(エイズネットワーク財団)のお話しを聞きました。バーンサバーイの青木さんの話しでタイでは性教育が行き渡っているという話しを聞きましたがそれ以前のタイ政府のエイズ対策が性産業で働く女性たちを「感染の高いリスク群」と指定し、コンドームの無料配布などをしたおかげで性産業での感染の増加はどうやら食い止められたが、その他の女性たち、特に「主婦」の感染の増加が問題になった。その現状を踏まえて、現在なにをすべきかという話しを聞きました。最終的な結論は、「男性の性行動を変えること」という非常に簡潔で明快な答えでした。ニワットさんには次回の機関誌に寄稿をいただいています。楽しみにしていてください。

6月30日チェンライ

 チェンマイ大学女性学センター研究員ソーピダーさんに会いました。ソーピダーさんはタイ人「慰安婦」について初めて発表された女性です。タイメン鉄道で有名なカンチャナブリ県に「慰安所」があったほか、バンコクの「売春宿」が「慰安所」として使われたことなどについて話されました。バンコクの英字新聞に発表されたけれど反響はあまりなかったと言います。日本などの「慰安婦」問題の運動を学びに日本に来たいとおっしゃっていました。

SEPOM(タイー日移住女性ネットワーク)

 昨年10月に東京で開かれたJNATIP(人身売買禁止ネットワーク)発足シンポジウムにスピーカーとして来日された如田真理さんが設立された女性NGO です。97年になされた国際移住機関(IOM)の調査で「日本から帰国したタイ人女性」の聞き取り調査に参加したときに心の問題を抱えた人がとても多いことを知り、帰国女性者同士が経験を共有し支援しあえるスペースを作る必要性を感じて始まったNGOです。SEPOMの方々の手作りのお昼ご飯をご馳走になりました。4名の日本から帰国した女性たちが経験をお話ししてくれました。女性たちの人権侵害、生きる権利の侵害もさることながら、日本で生きていくことを諦めた後、子どものタイの国籍取得に非常に時間とエネルギーとお金が費やされるそうです。役所をたらいまわしにされたあげく15年もかかった話しも聞きました。日本に人身売買の被害者として連れてこられ、「不法滞在」が見つかると「犯罪者」として扱われる理不尽さに現在の日本の「人身売買禁止法」の中身をきちんと考えなくてはいけないと思いました。

 これらの日程を終えた後私たちはバンコクのNGOフォーラムに参加しました。フォーラムについては前回の渡辺さんの報告の通りです。「憲法24条の改悪を許さない共同アピール」も本山さんが叩き台を作ってくれて、日本から参加していた人々と議論して最終文章ができました。本山さんから呼びかけなどがあると思います。

 最後の夜は元アジア女性資料センターのスタッフで現在バンコクに在住の大内朋子さんと夕ご飯を食べながら感想を共有しました。

 感想やツアー報告は機関誌を楽しみにしてください。報告会なども開ければいいなと思っています。ツアー参加者のみなさんも、是非是非感想などをMLに流してくださいね。

                        松本真紀子

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