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賛同のお願い : 日・朝の「和解」と「平和」を願う市民共同声明へ

2004/03/18

賛同のお願い

日・朝の「和解」と「平和」を願う市民共同声明へ賛同のお願い

 賛同されるかたは、アジア女性資料センター宛てに下記情報を4月15日夜中までに賛同メールをお送りください。こちらで取りまとめて賛同メールを送ります。

「市民共同声明」に賛同します。

(1) お名前:
(2) かんたんな肩書き、あるいは所属、あるいは居住する都道府県名:
(3) メッセージ(もしあれば):

◎呼びかけ

 はやいもので、2002年9月の日朝ピョンヤン宣言から1年半もの月日が流れました。しかし、残念なことに日朝交渉はほとんど進展もなく、今年2月28日に閉幕した第2回六者協議も、次回開催を合意しただけで終りました。そして日本国内では、「北朝鮮に制裁を」の声が日増しに大きくなりつつあります。 私たちは対話の継続と和解を願って、日朝両国が解決すべき課題をまとめた市民共同声明を出すことにしました。平和の大切さ、対話の重要性をいま一度、日本社会および東アジアに向けてアピールしたいと願っています。そしてまず、日本の政府・国会・各政党などに提出していきたいと考えております。

 多くの方々の賛同と協力を、心から訴えます。

◎お願い

 私たちの「市民共同声明」に、ぜひ賛同をお願いします。
 個人署名でお願いします。
 また、もし可能なら、この「声明」を友人・知人に転送して、一人でも多くの方の賛同を得るようにご協力をお願いします。
 私たちは、この「声明」を朝鮮語・英語などに翻訳して、研究者・人権NGO関係者など世界の人びとに発信していきたいと考えています。
 また3月中にホームページを開設して、「声明」賛同者の名前とメッセージの抜粋などを掲載していきます。

日・朝の「和解」と「平和」を願う市民共同声明

 2002 年9月17日の日朝ピョンヤン宣言から、すでに1年以上もの時が過ぎ去りました。しかし、日本と朝鮮民主主義人民共和国との国交正常化交渉は、依然、暗礁に乗り上げた状態が続いています。その間に日本政府はイラクへ海外派兵し、朝鮮民主主義人民共和国に対して「経済制裁」に踏み切る準備をも整えました。さらに日本社会では排外主義的な傾向が強まり、在日朝鮮人(朝鮮籍・韓国籍・日本籍者を含む。以下同様)に対する有形・無形の暴力が続いています。また、朝鮮民主主義人民共和国は、首脳自ら告白・謝罪した拉致問題を「解決ずみ」とし、その一方で、アメリカ合州国(以下、米国)の圧力に対して核を切り札とすることによって国際的な緊張を高めています。

 私たちは、これまで在日朝鮮人の人権問題、戦後補償問題などに、さまざまな立場から取り組んできました。そのなかで私たちは、日本の植民地支配という暴力、戦後の東アジア社会の分断に起因する暴力、そして歴史的な責任を放棄している日本の暴力によって、朝鮮人一人ひとりのかけがえのない生が踏みにじられ、家族や隣人が離散させられてきたという事実に向き合うことになりました。私たちがそこから学んだことは、歴史を直視すること、国家権力によって踏みにじられた被害者の側に立つこと、権力に異議を申し立てる個としての権利を決して放棄しないこと、という確信です。

 誰もが自らの生をおくりたいと願っています。であるからこそ、かけがえのない生を脅かし奪うことは、誰であろうとできないはずです。しかし、その願いすら、現状においては「国益」「国民感情」といった言葉によって封じられています。私たちにいま必要なのは、そのように「国」という視点で考えるのではなく、個の人権を尊重する視点から日・朝間の絡まりあった歴史と現在をあらためて冷静にみつめ、そこから真の「和解」と「平和」への糸口を見いだすことに他なりません。

 私たちは、日本と朝鮮民主主義人民共和国、日本人と朝鮮人との「和解」と「共生」を願って、以下のように表明します。

●戦後補償・個人補償を

 日本を含むアジアは戦後長らく冷戦に強く束縛され、加害国日本と被害各国との関係は、過去を克服し、和解と信頼関係を築いてきたとは、とうてい言えません。1965年の日韓条約において、日本は植民地支配の責任と戦後補償の問題を曖昧にし、「経済協力」方式で妥結させました。日本の責任と補償の問題は、「すでに国家間条約で解決ずみ」とは言いがたいものであり、その歪みが、1990年代になって戦後補償裁判として噴出したことを私たちは強く心に刻んでいます。日本政府を相手どり裁判に踏み切った原告たちは、従来の国家間の賠償では未済であるとして、被害者個人への補償を求めてきました。すなわち、国家間の「経済協力」などをもって謝罪と補償に代えようとするやり方は、日本の「戦後処理」において結局のところ何の解決ももたらさなかったことを歴史は示しているのです。

 2002年9月17日のピョンヤン宣言で、日本側は「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実」を認めました。にもかかわらず、日本政府はその「損害と苦痛」がいかなるものであり、そうした個々の「損害と苦痛」に対してどのような責任があり、また補償をなし得るのかについて、明らかにしようとしていません。その代わりにピョンヤン宣言でうたわれたのが、「経済協力」方式でした。これでは、「お詫びの気持ち」はまったく空文句にすぎません。

 「経済協力」は、植民地支配の責任に対する補償とはまったく別個のものです。いま歴史が求めているのは、日本政府が植民地支配による個々の被害とその具体的な責任を明らかにし、個々の被害者に対して補償策を講ずることに他なりません。

 また、日本と朝鮮半島との歴史に由来する問題を清算するとき、その歴史的事実の解明が必要不可欠です。日本政府は、戦時中の強制連行や徴兵によって消息不明となっている人びとについて、誠実に調査して回答すべきです。家族が死んだかどうかもわからないままに半世紀以上の歳月を生きてきた人たちが、朝鮮民主主義人民共和国にもいることを忘れるわけにはいきません。

 それとともに、私たちは日本政府に対して、日韓国交正常化交渉(1951~65年)をはじめとする戦後資料を含む、植民地支配およびその清算に関するすべての文書を全面的に公開すること、そしてこれらの資料を日本のみならず、南北朝鮮の人びとが閲覧、利用しやすくすることを求めます。

 植民地支配の清算は、決して過去の問題ではなく、また日本とアジアの間だけの問題でもありません。2001年のダーバン会議(人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対する世界会議)では、植民地支配が歴史的にもたらした弊害について、世界規模で問題化されました。グローバル化が進展する今日、過去の植民地支配の責任を問うことは極めて切実な世界史的課題です。私たちは、いまその最前線に立っているのです。

●在日朝鮮人の総意を

 在日朝鮮人は、日本の植民地支配に起因する存在です。しかし、戦後日本はまず「追放」政策を、次いで「排除/同化」政策をとってきました。植民地主義を明確に克服し得なかったことが、今日の日本政府・日本社会における排外主義や民族・人種差別としてあらわれています。日本と南北朝鮮との関係正常化は、単純に国家間の関係を解決するだけにとどまるのではなく、こうした問題の解決が当然ともなわなければなりません。

 1965年の日韓条約の締結にあたっては、日韓法的地位協定が結ばれました。しかしこれは、在日朝鮮人に対する歴史的責任を回避するもので、永住権も、民族教育権も、最低限の基本的権利(自由権および社会権)も保障するものではありませんでした。あまつさえ、それは在日朝鮮人社会に「38度線」を持ち込みました。そのようななかで、在日朝鮮人は自力で民族差別と闘うほかなかったのです。

 日朝国交正常化にあたっては、このような歴史を繰り返してはなりません。きたるべき日朝条約においては、日本が過去の植民地支配および戦後の政策によって在日朝鮮人に多大な損害と苦痛を与えた事実に対して、率直に謝罪する旨を明記する必要があります。また、在日朝鮮人が日本国憲法および国際人権条約によって基本的人権と民族的権利を保障されることが、明言されなければなりません。

 と同時に、日本政府と国会はその実効化を図るために、基本法を制定すべきです。もちろん、その立法過程では、在日朝鮮人の意見表明の場が保障され、その総意が最大限尊重されなければなりません。また、日朝両政府は、帰国した在日朝鮮人とその家族の日本訪問と自由往来、日本に在住するその親族の朝鮮民主主義人民共和国訪問と自由往来を、ただちに実現すべきです。

●拉致問題の解決を

 朝鮮民主主義人民共和国による日本人拉致事件は、戦後東アジアの冷戦構造のなかで起きた重大な人権侵害です。この問題は、国家間の主権対主権の枠組ではなく、あくまでも、国家が個人の人権を蹂躙した問題として解決への道が探られなければなりません。そのためには、まず現在離散状態にある拉致被害者家族が再会し、往来する自由が全面的に保障されなければなりません。出国の自由、入国の自由、居住地選択の自由を侵すことは、朝鮮民主主義人民共和国政府にも、日本政府にも許されるものではありません。そして、死亡したとされる拉致被害者8人について、朝鮮民主主義人民共和国政府は家族の要求に誠実に対応し、調査して回答しなくてはなりません。

 それだけにとどまらず、拉致問題の全容が解明されなければなりません。朝鮮民主主義人民共和国政府は、この問題を「解決ずみ」としていますが、事件の経緯や拉致後の被害者の生活など、未だ明らかにされていないことがあまりにもたくさんあります。失われた命、過ぎ去った時間は取り戻すことができません。しかし、最低限、真実は明らかにされるべきです。そのために公的な調査機構によって真相を徹底的に明らかにすること、その上に立って補償の方策が迅速に検討されるべきです。これが冷戦下の暴力、広くは未だ不分明なままに残されている過去の暴力――もちろん、そこには植民地下の日本の暴力も含まれます――に対する「過去の克服」のモデルとなることを、私たちは願ってやみません。

●日本海(東海)を「平和の海」に

 9・ 17日朝首脳会談から1カ月後、米国は朝鮮民主主義人民共和国がウラン濃縮計画を進めていると発表しました。それから間もなく、KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)は重油供給を停止、それに対抗して朝鮮民主主義人民共和国がNPT(核拡散防止条約)から脱退し、停止していた黒鉛炉を再稼動させるなど、緊張が一気に高まりました。私たちは、朝鮮民主主義人民共和国が核兵器の開発を即刻中止し、東アジアの軍事的緊張を緩和させることを求めます。

 しかし、朝鮮半島の軍事的緊張を緩和し解決するためには、それだけでは不十分です。私たちは、まず、世界最大の核兵器・大量破壊兵器保有国である米国のブッシュ政権が、「悪の枢軸」発言と「先制的核攻撃戦略」を撤回して、協議に臨むことを求めます。

 また日本は、保有するプルトニウムの量から言えば、朝鮮民主主義人民共和国よりもはるかに大量の核兵器を製造する能力をもっています。福田官房長官は 2002年6月、「日本は核兵器開発の権利を留保している」と発言しました。核兵器開発計画の放棄を求めるならば、日本政府は「非核三原則」の堅持をあらためて明言すべきです。

 日本政府および国会は、外国為替管理法案、特定船舶入国禁止法案などの経済制裁法案を次々に成立させようとしています。私たちは、こうした圧力、制裁強化に強く反対します。

 ここ数年、日本海(東海)で大規模な日米合同軍事演習も繰り返されてきました。こうした軍事的圧力をかけないことも約束すべきです。平和的な話し合いで核問題を解決するための、環境作りを急ぐことが必要なのです。

 私たちは、日朝両国が核兵器をもたないことを誓い合い、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国が1991年に調印した「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」を尊重し実行していくこと、つまり「東アジア非核地帯」の実現を求めます。

 日本海(東海)を「平和の海」にしていくこと、これこそが私たちの切なる願いです。

●日朝国交正常化交渉のすみやかな再開を

 以上の点から、私たちは日本政府と朝鮮民主主義人民共和国政府に対して、国交正常化交渉をただちに再開することを求めます。いま必要なのは、朝鮮民主主義人民共和国に対して「経済制裁」「軍事的威嚇」などを加えることではなく、粘り強く「対話」と「交渉」を進めることです。

 東アジアにおける「和解」と「平和」のプロセスは、いまようやく入り口に立ったばかりです。これから長い時間をかけて「対話」を続けていかなければなりません。そのことは、東アジアに住む私たち一人ひとりの課題であり、責務なのです。

2004年3月16日

<呼びかけ人>

阿部浩己(神奈川大学教員)/新谷ちか子(「もうひとつの歴史館・松代」建設実行委員会)/板垣竜太(朝鮮近代社会史研究者)/鵜飼 哲(一橋大学教員)/内海愛子(アジア太平洋資料センター)/太田 修(佛教大学教員)/木邨健三(日本カトリック正義と平和協議会事務局長)/木元茂夫(指紋カードをなくせ!1990年協議会)/駒込 武(京都大学教員)/佐藤信行(在日韓国人問題研究所・RAIK)/辛 淑玉(人材育成コンサルタント)/杉山優子(津田塾国際関係研究所研究員)/鈴木伶子(日本キリスト教協議会議長)/高橋哲哉(東京大学教員)/田中 宏(龍谷大学教員)/鄭 暎惠(大妻女子大学教員)/内藤寿子(日本近現代史研究者)/中村利也(指紋カードをなくせ!1990年協議会)/中野敏男(東京外国語大学教員)/新美 隆(弁護士)/丹羽雅雄(弁護士)/林 博史(関東学院大学教員)/東澤 靖(弁護士・自由人権協会)/飛田雄一(神戸学生青年センター館長)/松原良子(指紋カードをなくせ!1990年協議会)/水野直樹(京都大学教員)/宮本正明(朝鮮近現代史研究者)/梁澄子(在日の慰安婦裁判を支える会)/吉澤文寿(日朝関係史研究者)/吉田 裕(一橋大学教員)/吉見義明(中央大学教員)

*五十音順、3月11日現在

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